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仕事と恋愛、結婚。悩み多き毎日です(^^)
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ドタバタ引っ越しpart1
お久しぶりでございます☆

今日はだんな(まだだけど)は出張で、不在。
のんびり一人の夜を過ごしております。

今からブログを書こうかな~と思ったところで、隣の家の夫婦がかなり激しいケンカを始めて、耳をそばだてておりました。
内容は聞き取れないが、とにかく奥様がわめいていらっしゃる。
隣の家の夫婦だけ一度内覧の時にご挨拶をしたことがあるので、面識がある。
うちと似て奥様が主導権を握っている雰囲気だった。
こんなに聞こえるなら私も気をつけなきゃ。

そんなことよりも気づけばもう4月も1/3を経過しようとしている。
いや~この2週間強、かなりの忙しさでした。
というか、まだ忙しいです・・・。

どこから話していいのやら、とりあえず引っ越しから大阪に住むまでのお話。

いつものことながら、私は引っ越しの際にかなりハードなスケジュールを立ててしまう。
今回もそう。
しかも、引っ越し2週間前から毎日のようにお別れ会やらのイベントがあり、引っ越しの準備もままならない状態であった。
幸い「いつものこと」であるため、私もそれを想定して、かなり前からto do listを作成し、その時点でできることは終わらせるようにしておいた。
おかげで事務的な手続きは引っ越し時点で大体終了していた。
これが唯一の救い。

25日の昼ごろ、彼が田舎に到着。
昼ご飯を簡単にすませたあと、15時からの引っ越しに向けて、ラストスパート!
私はひたすら荷造りとゴミ処分。
彼には水回りの掃除を依頼。
洗面所、お風呂、キッチンシンク+洗濯機、冷蔵庫と電子レンジの掃除を頼んだ。
ま、自分でやりたくなかったというのもあるのだが、荷造りを彼に頼んだところで、どれをつめていいのかどれを処分しないといけないのかが分からないであろうと思ったので、掃除を頼んだのだ。

最初はぶつくさ言っていた彼。
しかし、私は彼の新たな一面をみた!
私が想像していたよりもはるかにピッカピッカに磨きあげたのだ。
さすがA型。
やりだしたら徹底しないと気が済まないらしい。

彼を思う存分使って、私も荷造り完了。
ビンゴのタイミングで引っ越し業者がやってきて、1時間半後には私の家の中は空っぽになった。

引っ越しは夕方ぐらいに終了する予定だったので、その日は田舎に一泊し、翌日に大阪に車で向かう予定であった。
だが、私は連日の飲み会の嵐の影響で、仕事が終わっていなかった。
申し送り30名分、退院時サマリー15名分。
残された田舎での時間で到底終わるわけもなく、田舎再来を覚悟しつつ最後の悪あがきに彼をホテルに送り届けた後2時間ほど病院に戻って、仕事。
でも、そのおかげで1/3ほど終了した。
そして、腹をすかせた彼のもとに戻り、田舎で最後の晩餐。

翌日は家の明け渡し。
不動産会社の人が私の家をくまなくチェック。
彼のおかげで「すぐにでも貸せそう」とお褒めの言葉をいただいた。

そして、本当の最後の悪あがきに再度病院に行き、もう一仕事。
しかし、結局終わらせることができず、数日後に田舎に行くこととなった。
病院のパスカードを返却し、いざ出発!

彼をホテルでピックアップし、高速に乗ろうと思ったが、時間はちょうどお昼をまわったところ。
めちゃくちゃおなかがすいているわけでもなかったのだが、でも少し食べたい♪と思い、あっさりとした蕎麦を食べようということになった。
だが、近くに知った蕎麦屋はない・・・。
うーむ、と考えていたら、ふと思い出した。

一軒あるじゃないか。

そう、そこは私の患者さんの経営しているお店であった。
その患者さんはとってもフレンドリーな方で、最後の私の診察の際に私に自慢のそばを送ろうと考えたのか住所をきいてきた。
しかし、自分の家の住所は教えない主義なので、やんわり断ったら、どうしても教えてほしいと言ってこられたので、やむなく新しい病院の名前を教えた。
彼は紙に病院の名前をメモして、帰って行った。

が、診察がすべて終了して去ろうとしたところ、何かが床に落ちている。
拾ってみると私の新しい勤務先が記されたメモであった。
忘れていったらしい・・・。
入院中に「私、よく忘れ物をするんです!」なんて言っていたのを思い出し、クスッと笑ってしまった。

そんな印象のある患者さん。
普段は患者さんの経営しているお店などには決していかないのだが(私も気を遣うのだが、患者さんもサービスしなきゃと気を遣うであろうから)、もう田舎に戻ることはないし、医者になって初めて患者さんの経営するお店に行った。

お店に入ると、いきなり患者さんに出くわした。
患者さんは目を丸くして、でもすごくうれしそうに従業員の人に「私を治してくれた先生」と紹介してくれた。
私と彼はそれぞれに好きなものを注文。
そばは自慢だけあってと~ってもおいしかった。
すると、患者さんがそば団子をサービスしてくれた。
これまた手作りでとってもおいしかった。
自分のチョイスに大満足。

そして、会計を済ませて帰ろうとすると、手帳を出してきて、これに書いてほしいと患者さん。
その手帳はお客さんが名前と住所とコメントを書くもので、特別なお客さんにだけ書いてもらっているようだった。
私は名前と感想を書き、住所は新しい勤務先にした。
お店を出ようとしたところで、再び患者さんに呼び止められ、手作り感あふれるおいしそうなかきもちを二袋いただいた。
丁寧に店の外まで見送ってくれた。

なんだか田舎を去るのが寂しくなった。
後髪をグイーンと引っ張られながら、私は田舎をあとにした。


# by kuma6032 | 2012-04-10 01:38 | 独り言 | Trackback | Comments(8)
やけくそ日記
ただいま午前2時半前。
もう荷造りに疲れ果て、現実逃避にブログ中♪

本日はとうとう引っ越し日。
引っ越しだけなら楽なのだが、引っ越ししてから新居入居まで6日ある(新築を借りたのでまだ建ってないのだ!)。
そのための荷造りもしなきゃいけない。
幸い大阪まで車移動なので、きれいにパッキングする必要はないのだが、どれを引っ越し屋さんに頼んで、どれを自分で持っていくのか仕分けもしなきゃいけないし、これが案外頭をつかう。
6日間も洗濯物を溜めこむのもなんだか嫌なので、捨てようと思っていた下着類を持っていき、来たら捨てるようにしようとか、6日分のワードローブを無駄なく考えたりとか、電化製品の説明書をファイルして、いざ引っ越し屋さんが取り付ける段階ですぐ出せるようにしようとか。
ちっちゃいことなんだけど、めんどいのだ。

土曜日は朝起きて、とりあえず掃除機かけたりしながら3時間ほど荷造り。
そのあと、病院に行って書類や退院時サマリー、入院患者さんの申し送りなどをせっせと作成。
そして、医局の片づけをして終わったのが夕方5時ごろ。
そのあとクリーニングやさんに最後のクリーニングを出して、行きつけのアロママッサージのお店へ。

本当はこの日の時点である程度荷造りに目途がたっている予定だったので、予約していたのだが、結果的にはマッサージやさんで爆睡したあと、再び家に戻って荷造りするハメに。
でも、書類書きでガチゴチになった私の肩は一気にほぐされました☆

家に戻ったのが20時前、それから0時まで洗濯したり、ゴミ捨てしたり、荷造りしたりしました。
不動産屋さんに引っ越し前日には冷蔵庫のスイッチを切るように言われていたので、冷蔵庫をチェック。
すると卵ときゅうり1本と冷凍餃子が残っていた。
卵はゆで卵にして、きゅうりは生でかじり、餃子を焼いて立ち食い・・・。
わびしい食事です。

0時過ぎたので、急いで近所の銭湯へ。
ここは2時までやってるので、超便利。
これ以上タオルなどの洗濯ものを出したくない私は銭湯でタオルもレンタルして、一っ風呂浴びて帰ってきた。

そして、このブログを書くまで、荷造りしておりました・・・。

引っ越しのことを考えるともう寝なきゃ。

ただいま無謀な早起きの計画が頭をよぎりました。

終わらな日ははい。
あとは野となれ、山となれ!

ということで、しばらく引っ越しのため、ブログお休みしまーす。
次回は大阪よりお届けします☆
# by kuma6032 | 2012-03-25 02:59 | 独り言 | Trackback | Comments(10)
思考停止(-_-)
ここ1週間の1日の平均睡眠時間:三時間
部屋の汚さ:足の踏み場ない級
非自炊率:100%
女子力:だだ下がり

うぉ~!!

叫び出したくなる忙しさです・・・。

それなのに、今日はとうとう勤務最終日!
そして、引っ越しは25日の日曜日!

仕事も家のことも全く終わってないっ!

なにせ仕事に関して言えば、先週末まで15人ぐらい入院患者さんがいて、日々の仕事を終えるのが精いっぱい。
本当は外来患者さんの申し送りや片付けないといけない書類が山積みにも関わらず、それをする暇もない。
自分の医局の机の片付けもまだだし、次から次へとやってくる退職書類もややこしい(なんでうちの病院はこんなに書類をかかされるんだ!?)。

さらに夜は・・・お別れ会三昧☆
ほんといろんな方々が私のためにお別れ会を開いてくださるんです。
もうみんなとも簡単に会えないかと思うと断る理由なんてないし、もちろん二次会、三次会にもいっちゃいます。
で、二時、三時に帰宅して、ノルマの分の荷造りだけして就寝。

それでもどうにかなるかなって思ってました、昨日までは。

昨日は唯一フリーの日。
自分担当の内視鏡検査だけさっさと終わらせ、書類や申し送りなどをせっせと作成。
でも、真面目にやってるとほんと時間がかかる!
昨日は結局22時まで頑張りましたけど、大して進まず。
田舎を去るまでに残された時間で到底残った仕事を片付けられるわけもなく・・・。

ってことで、来週1日フリーな日があるので、その日に田舎に一時帰宅?しようと目論見中。

うん、これで今日の夜は心おきなくお寿司に行ける♪

# by kuma6032 | 2012-03-23 00:52 | 独り言 | Trackback | Comments(8)
第二の故郷
とうとうこの田舎を去る日まで2週間を切りました。

18歳で九州からこの田舎にやってきて、17年目になりました。
途中2年間大阪には行ってたけれど、それを差し引いても15年。

自分の人生で一番長く住んだ土地になりました。

今回大阪に行くことで、この地ともある意味永遠の別れ。
仕事や友達との関係は続いても、親・家族がいないココに来る必要性はなくなります。

先日美容院に行った時のこと。
いつも私を担当してくれるNさんが「もしかして今日が最後ですか?kuma6032さんがいなくなるのは本当に悲しいです」と別れを惜しんでくれた。

社交辞令かと思っていたが、実は私はNさんにとって記念すべき客だった。

というのも私はNさんがカットデビューしてまもなくしてついた客だったのだ。
しかも、そのまま今でもずっと担当。
私がその美容院に行き出したのが、ちょうど医者になった年。
つまり、10年間彼女にお世話になってたのだ(これも大阪にいる間は行けなかったので、正確には8年間)。

一時期派遣されていた病院がその美容院から車で1時間ぐらいかかるところにあり、とりあえず近場の美容院に行ってみたものの気に入らず、結局Nさんの元まで通っていた。
Nさんはいつも私好みのカットをしてくれるので、すごく信頼している。
最近はほぼお任せコース状態だった。

Nさんにとっては初めての常連客、私にとっては信頼できる美容師さん。
この関係って案外築くの難しいですよね。

今は結婚式に向けて髪を伸ばしているが、落ち着いたらバッサリ切ろうと思っている。
その時はNさんに切ってもらいたいなと密かに計画しております。

私としては田舎には時々遊びに行こうと気軽に思っていたので(といっても決して近くはないが)、あまり強く「別れ」を意識していなかったのだが、Nさんに「寂しい」を連呼されて以降、だんだん別れがつらくなってきた。

まずは私のこの田舎でできた’医者じゃない’友達。
英会話スクールで出会った友とはもう15年の付き合い。
今はだれも英会話なんて行ってないけど、この友達とは今でも集まっておしゃべり三昧。
先月2月に最後の集まりをした。
友達からは「別れちゃいばいいのにぃ」なんて冗談を言われましたが、3-4ヵ月に一回の集まりだったら、頑張って田舎から出ていきたいな~、と思ってます。

そして、やはり仕事仲間達。
なんだかんだいってこれまで私が医者としてやっていけたのもこの田舎で出会った先生方のおかげ。
私の医局の同期達とは1年に1回はみんなで集まって飲んでたかな。
個人的にも飲んだりしてたし、とっても仲がいいと思います、私たち。
誰かが旅立つたびにお別れ会をしてたけど、今度はとうとう私が送られる番だ。

医局の上司の中でもO先生はいつも親身になってくれた。
そもそも私が大阪に行くきっかけをくれた先生。
今回の一連の結婚問題にも相談に乗ってくれたし、これからもいろいろ相談しちゃいそうです。

今の病院の消化器内科メンバー。
この病院は私が今まで行った病院で最も忙しかったところ。
精神的に参りそうだったけれど、同僚たちに助けられ、癒され、やってこれました。
次の病院で私がこの雰囲気を作れたらな、と思ってます。

同じく今の病院の外科M先生。
M先生はほとんどこのブログには登場していませんが、私にとってはとても大切な先生。
M先生との出会いは私が以前にこの病院に研修医でいた時のこと。
外科で私の指導医となったH先生の下についていたのが、M先生。
当時M先生も5年目ぐらいだった。
かなり性格に難のあるH先生についていた私たちは二人でよく飲みにいって愚痴を言ったりしていた。
お互いに一旦この病院を離れたが、時をほぼ同じくしてM先生も私も戻り、再会した。
元々外科医らしいサバサバしたM先生もすっかりオヤジ化して、昔よりも下ネタに磨きが入り、私に対しても遠慮のかけらもなくなったが、私自身もふてぶてしくなり、それでも仲良くしております。
そんなM先生、先日飲み会帰りのタクシーの中、私が「結婚式の写真、送りますね~」と言ったら、「そんなもん送るな。泣くから。」とらしくないことを言われました・・・。

素敵な人々と出会った田舎。

ここは間違いなく私の第二の故郷です。
# by kuma6032 | 2012-03-15 00:59 | 田舎ライフ | Trackback | Comments(8)
ミランダな私
来月の今頃はもう彼との二人暮らしが始まっている。
なんだか信じられないなぁ。

今は仕事の申し送りやらの残業を終えた後、帰って夜な夜な不用品を処分したり、荷造りしたり、退職・入職関係の書類を書いたり、とにかくリラックスする暇がなくて、日々をこなすのが精一杯。
しかも、3月に入って、お別れ会も増えてきて、飲んでかえってバタンキュー(古っ!)。

さらに引っ越しの醍醐味とも言える部屋のインテリアコーディネート。
大してセンスはないのだが、やっぱりここはこだわりたい。
なのに・・・まだマンションが建ってない!
新築なのはいいのだけど・・・楽しみがお預け状態なのだ。

それが原因かどうかはわからんが、相手がどうこうとかいうマリッジブルーとは違って今一つ結婚が現実感に欠け、気分が乗らない。

でも、私は仮に時間がたっぷりあったとして、果たして弾けんばかりの幸せオーラを出せるのか!?

そう思わせてくれたのが、友達の彼女・・・いや妻Mちゃん。
彼らも私と同じく今年結婚。
すでにバレンタイン入籍を済ませ、あとは結婚式の予定なのだが、そのMちゃんカップルの幸せオーラがはんぱないのだ。

実は私の友達の彼の方はアメリカ人。
二人は国際結婚カップル。
Mちゃんは彼と付き合い始めてからずっとブログを書いており、「ぜひみてね」と言われて、紹介されて以降ずっと拝見している。
内容は・・・見知らぬ人だったら絶対素通りしているような超ラブラブブログで、私は友達が彼女に対して言ったクサ~イ台詞をニヤッと笑いながらみているというなんともいやらしい読者となっている。

そりゃアメリカ人だからロマンチックになるのは当然だが、どうもテンションが高いんだよね~。
しかも彼女の方はさらに上行く感じだし。
私より5歳下だから?
といっても、30歳だしな~。

でも、小泉今日子が出てるドラマでアラフォー女子も恋愛でウキウキしてるからそんなもんなのかな。

ってことは、私がむしろテンション低いのか。

よくよく考えてみれば、そうかもしれない。
最近職場でも結婚のことが周知されてきて、エレベーターなどで一緒になったり、すれ違いざまに「おめでとうございます」と言われることも多くなった。
だが、そんな時言葉では「ありがとうございます」なんて言っているが、心の中では「それ以上のことはきかんといてくれ~」と思っている。
なぜなら、根ほり葉ほり聞いてくる人に限って、私に幸せ発言をさせようとするような質問をしてくるからだ。

私のことを知っている人間は私が昔から彼氏がいてもあまりキャピキャピしないのを知っている。
時に「彼氏に甘えることはあるのか?」と聞かれたり。
さらには彼氏が本当に存在しているのか?と言われることも。

ブログだから言いますけど、私だって甘えることもあるし、彼氏の前ではウキウキします。

でも、人前では・・・至って冷静を装ってるかも。

で、以前sex and the cityを見ていた時のこと。

ミランダが結婚する時に地味婚を選び、シャーロットがブライズメイズを用意するのを嫌がったり、いかにも結婚式ムードに持っていこうとすることに怪訝な顔をしていたのに妙に共感を覚えた。
またミランダは出産のときも「頑張るのよ~。もうすぐお母さんになるのよ~。」とテンション高く励ます助産師に脱力し、キャリーが黙るよう伝えると再びいきみだすというシーンもあり、大げさだがうんうんと頷けた。

ということで、忙しくなくても私はMちゃんにはならないんだな、と思いました。

でも、ブログではたまにはのろけちゃうかも!?
# by kuma6032 | 2012-03-10 22:07 | 恋愛&結婚 | Trackback | Comments(6)
妻の本音
悶々として終わった患者さん家族との話し合い。
「ああいえばよかった」、「こういえばよかった」と後悔の日々。

しかし、話し合いの数日後、患者さんの妻が先生と話したいとやってきた。

妻は私に会うや否や言った。

「この前、弟たちは延命治療もするっていったんですよね?息子たちから聞きました。でも、あれは面倒をみる人のことを考えてない発言だと思うんです。一度だって面会に来ないで。」

それから私と妻は30分ほど話した。

妻は私から最初に延命治療の話を聞いた時は、眠れなくなるぐらい悩んだと言う。
自分は延命治療をしない方がいいと思っているが、本当は夫の命を少しでも延ばした方がいいのではないか、自分の判断で彼の命を操っていいのか。
そして、妻は夫の両親の仏壇に手をあわせて自分の決めたことを心の中で伝え、謝り、延命治療をしないという決心をした。

その決心はもちろん妻だけの思いであってならず、妻は末っ子の弟にも電話をした。
その時、弟は「姉さんの考えてるとおりでいいいよ」と言ったそうな。

だが、蓋をあけてみると、弟さんは一変、「延命治療をする」になっていた。
妻が一生懸命出した答えをあっさりと覆したのだ。

妻は私だって長く生きてほしいけど、管につながられる生活になったら、面倒をみるのは自分。
まだ自分がみるだけならいいけど、もし自分に万が一のことがあったら息子たちが大変になる。

そして、妻は過去のことも語った。

妻は夫の両親の介護もしてきた。
その間一度だって、弟夫婦が助けてくれたことはない。
夫もそのことで怒っていたが、妻はなんで助けてくれないのと考えたら腹が立つので、長男の嫁なんだから当然と考えて頑張ってきた。
両親を送りだしてからの自分の生活は本当に幸せだった。
いつ死んでもいいってぐらい幸せだった。
けれども、今度は夫が病に倒れた。

妻は夫の両親の介護を通して、夫の現状をみて、自身で「延命処置をしない」選択をしたのだ。
弟たちの本心は私にはわからない。
しかし、話し合いの感触からは患者さんの過去・現在・未来を考慮しない短絡的な発想で延命治療を選択したと感じた。

最後に妻は言った。

「弟たちには私から話します。私が全部責任を取ります。延命治療をしないでください。」

患者さんは今も入院中である。
そして、先日入院中一度も言ったことのないセリフを妻に言った。

「帰ろっか」

妻は夫の言葉に「帰りたいのね・・・」と涙していた。

今まで私たちが「家に帰りたいと思いませんか?」など言っても一度だってうんとは頷かなかった患者さん。
体が弱って、時々おかしなことをいうこともあるけれど、妻の気持ちをくみ取っての言葉なのかな、と思った。

私、もっと頑張らなきゃ。
# by kuma6032 | 2012-03-07 23:19 | 仕事 | Trackback | Comments(12)
・・・・反省
患者さんの治療も大事な仕事だが、患者さんの家族に話をすることも大事な仕事である。

とある日のこと。
入院していた高齢の患者さんが、急性胆嚢炎を発症し、その影響でさらに状態が悪くなった。
急変する可能性もあるため、いつも付き添いにこられている妻にそのことを告げ、急変時に延命治療の処置を行うかどうかの話をしていた。
もちろん妻のみで判断できることではないので、他のご家族とも話をして決めてほしい、返事をいただくまでに急変した場合は、延命治療を積極的に行っていくと告げた。
妻はその場で「私としては延命治療までしなくてもいいとは思ってるんですが、息子や兄弟にもきいてみます」と言って、数日後に再度ご家族と話し合う約束で終わった。

そして、その話し合いが先日土曜日の朝に行われた。
相談室に家族に来るよう伝えると、息子さん二人以外に見たこともないスーツに身をつつんだ二人のご年配の男性が登場した。

こういうことはよくある。
患者さんの状態が悪くなったときに、一度も面会にもこなかった家族・親戚が突如現れるということは。
そして、大抵こういう場合、相手は医療側に攻撃的になる。

即座に嫌な予感を覚えつつ部屋に入る。
やはり、私の予感は的中した。

その見たこともない男性二人は患者さんの弟さんであった。
患者さんの妻からは「弟二人はすごく立派なのにうちのだんなは・・・」ときいていたので、これが噂の立派な弟さんたちかと身構える。

私が弟さんに「これまでのことは大体ご存知ですか?」と尋ねたところ、末っ子の弟が「いえ、私たちは伝え聞いただけですので、これまでの経緯と今の状況をすべて話してください」と言葉は丁寧だが非常に威圧的に言ってきた。

そう、この末っ子の弟が一番厄介だったのだ。

心の中では「うわぁ」と思いつつ、努めて冷静に話を始めた。

だが、私がこの患者さんが「準緊急」で手術したことを「緊急」と表現したところで、「緊急なんですか?確かしばらくおいて手術をしたはずです。私の知人は・・・・・」と自分の知人の話を持ち出し、緊急ではないと言うこと主張した。

そうですよ、正しいですよ。
でも、この部分は入院当初の話で、簡潔に話をするためにそのように表現しただけで、決して嘘をついているわけではない。
しかも、イントロの段階で話のコシを折られては進まないんですけど・・・。

「そうですね、準緊急でしました。そして・・・」と私が話を進めようとすると、その手術した病気の病変がどこにあったのか、どんな手術をしたのかなどさらに根ほり葉ほりきいてきた。

病変の部位や手術の内容を簡単に説明した後「私が手術したわけではないので、具体的なことは外科の先生にきいていただけないでしょうか」と言った。

これで、しばらく話をすすめられるかと思いきやその後も都度質問の嵐。
いや、質問するのは全く構わない。
だが、その言い方が非常に高圧的なのだ。
しまいには「自信もってそういえるのか?」とも言ってきた。
「はい、言えます」と答えましたが。
他にも
「私はCT検査は信用してないんでね」
「胆嚢炎がなぜ入院時にわからなかったんですか?」
「黄疸は出てないようですけど、胆嚢炎なんですか?」
などなど私たちからすると表現が悪いが「中途半端な医学的知識」をもとに断定的なものの言い方をするからややこしかった。

それから現在の話にようやくうつり、そこで手術後からずっと食事があまりとれなくて、さらにここ最近は食事量がかなり減っていたという話をしたところで、「なぜ胃ろう(おなかから直接チューブを胃にいれて、栄養剤を注入する)をしなかったんですか?食事が取れないなら胃ろうを作るべきだと思うんですがね。その話はしたんですか?」とまたもいや~な口調でのお言葉。

この時点では確信した。
この人は患者さんに会いに来てないな、と。

「食事がとれないから胃ろうを作るというものではありません。現に患者さんは食事がとれないといっても奥様の介助で少しはとってます。しかも、ご本人は自分の意思がしっかりある方です。胃ろうどころか点滴も拒否されている状態で、今回は胆嚢炎を発症したので、どうにか説得して点滴をさせてもらった次第です。」

一応は「そうですか」という反応を示したが、「私の知人は胃ろうをして車の運転もしてますけどねぇ」と加えた。

ほとんど弟さんのペースに飲まれ込みそうになりながら、最後はどうにか自分のペースをつかみ話を終えた。
弟さんも話が終わるかどうかごろには少しは落ち着いて少しとげが取れてきて、とりあえず円満な形で話を終えたが、肝心の急変時の対応については妻の望まない「延命治療をする」という方針となった。
それも満場一致と言うよりは末っ子弟さんの意見がとおったと言う感じであった。

弟さんはこれまでの経過を自分で患者さんに会いにくることなく妻から伝え聞いていただけのようであった。
正直医者でも電話で正しく現状の話をするのは難しいのにそうでない妻(とてもしっかりされているが)からきくのであればなおのこと伝わりにくい。
弟さんのイメージとしては元気な時の患者さんの姿が強く残っており、毎日面会に来ている妻と息子さんは現状をしっているだけに至極普通の家族の反応をされるが、弟さんは状態が悪化したと聞いて、医者がミスを起こしたのではないかと考え、あわよくば「訴えてやる!」ぐらいな勢いで戦闘モードでやってきたのであろう。
また、末っ子の弟さんは元大学教授。
社会的に地位がある方に多くみられる「自分の地位誇示」「権力者の知人の存在をほのめかす」という典型的な症状がでていた。

私の心の中は荒れ狂っていたが、辛抱強く弟さんの質問に答えたせいか、弟さんが少し落ち着いたので、話し合いが終わった時は安堵していた。

が、あとで息子さんがやってきて「本当にすみません。あんな失礼な言い方」と謝ってこられた。
そこで、私はハッと気付いた。
私は自分が弟さんからの攻撃をかわすのに必死すぎて、息子さんたちが意見を言える場をもたせてあげられなかった。
多分息子さんたちは妻と同じ意見。
延命治療をしないと言うのは「気持ち」が入っている部分も多く、あのように理論的にものごとを決めようとする叔父さんがいると息子さんたちも意見を主張することは困難であろう。
せめてあの場で言わせてあげられれば良かった。
また、弟さんたちに患者さんを見に来るよう促せるような発言をすればよかったとも反省した。

やり直しは無理だけど、今度もう一度妻・息子さんの意見をきいてみよう。
そして、今後の話に弟さんも必ずくるよう促してみよう。

患者さんや家族へのインフォームドコンセント(IC)は定型がないから難しい。
あらかじめ話の進め方を決めていてもその場の状況で変更することは多々ある。

もっと臨機応変に対応できるようにならないといけないな。
# by kuma6032 | 2012-03-04 00:45 | 仕事 | Trackback | Comments(16)
不安・・・
先日春から勤める大阪の病院に挨拶に行ってきた。

以前勤めていた病院ではあったが、私が去りし後に改装されたり、電子カルテが代わったり、院長が代わったり、で少し雰囲気は変わっていた。

病院につくと、まずは受付にいって、部長を呼び出してもらった。
しかし、部長は外来中。
代わりに今私の医局から派遣されている後輩が私を院長室まで案内してくれることとなった。

院長とは挨拶を交わした後、雑談のような話を15分ぐらいした。
院長は以前私の今住んでいる田舎に住んでたことがあるらしく、その話で盛り上がったが、しばらくすると会話が続かず・・・。
前の院長とは違って、どうやら口下手なようだ。

間が持たなくなった院長は事務の人に電話して、私は入職手続きの説明を受けに総務課へ行くことになった。
現れた担当者は前も担当してくれた方で「あ、先生!」と覚えていてくれた。
おかげでいろんなこともきけてしめしめ。
一通り説明をきいたあと、勤務が4月の中旬からであることを告げた。
すると、給料は働き始めてからになるが、保険などの社会保障は4月1日からきくようにしてくれるとのことであった。
たった2週間と言えども保険がないのは不安だから、良かった☆
そして、結婚休暇についても尋ねてみる。
これも5日間あるそうだ。
夏休みと組み合わせれば、10日~14日ぐらいは休めそう☆
これでハネムーンの予定もたつぞー!!

ただ新姓で働けるかどうかについては難しそうだった。
皆様ご存じのとおり私は5月21日を入籍予定。
たった1ヵ月強の勤務のあとに名前が変わるのは周りもややこしいかなと思って、最初っから新姓で名乗ろうと思っていた。
でも、電子カルテはまだしも麻薬取扱者免許の名前が実際と異なるのはどうかという話になり、とりあえず入籍後に名前を変えることとなった。
うーむ、これでは新姓が浸透するまでに時間がかかりそうだが、ま、仕方ないか。

総務課を出るとみんなのいる内視鏡室に戻った。
すると私の3つ下の先生が「案内しますよ」といって改装されてオリエンテーションがつかなくなった私をいろんな部署に連れて行ってくれた。
もちろん病棟にも。
すると古株看護師さんが「先生~おかえり~!!」と声をかけてくれた。
懐かしいメンツに少し緊張の糸がほぐれる。
うん、なんとかやっていけそうかな。

再び内視鏡室に戻った私を待っていたのは同期の女医。
二人でペチャクチャ話した後、彼女が「kuma6032にいわなあかんことがある」と言ってきた。

な、なんなんだ??
その、改まった感じ?
超怖いんですけど??

その話と言うのは副部長のことであった。
副部長は私が前に大阪を去ると同時に前の副部長もやめたため、新しい先生に代わっていた。
前の副部長はそれはそれはできる先生で、新任者もおそらくそれと同じものを期待されていたのであろう。

し、しかし・・・。

それとははるかに程遠い先生であったとのこと。
仕事にやる気がなく、下の先生のバックアップもあまりできず、患者さんとのトラブルも多く、医者としてというより社会人として問題がありそう・・・そんな口ぶりであった。
多少の脚色があったとしても決して他の下のドクターもいい印象を持っているようではなかった。

部長も負担が大きいだろうな・・・。

なんて、考えていたが、いやまてよ。
そんな悠長なこといってられますか?

今私が勤めている病院では消化器内科7名で、私は下から2番目。
上には尊敬する先輩方が何人もいる。

が、次の病院、医師8名中私は上から3番目。
今の病院のように各先生が一通りのことを自分一人でこなせるのとは違い、次の病院は若手の先生のバックアップもしなければならない。
2番目の副部長がいまいちなら、私に降りかかる負担はそれはそれは大きいであろう。
あわわわわ。

その時は「どうにかなるでしょ」なんて言って帰ったが、帰りの電車の中、いつも爆睡なのに全く眠れませんでした・・・。

ああ、今から胃が痛い。

# by kuma6032 | 2012-02-28 01:22 | 仕事 | Trackback | Comments(6)
こだわります☆
ひょえ~気づけば引っ越しまでちょうど1ヵ月!!
来月の25日はこの田舎での最後の夜かぁ。
しみじみ・・・。

ブログの更新がここ最近滞り気味の私ですが、いつも書きたい思いでいっぱいです。
引っ越し直後しばらくはブログは書けないし、これからはできるだけ書くぞー!!

さてさて、無事顔合わせも済み、いよいよ大阪での新生活に向けての準備スタートです。
1月には結婚式や顔合わせなど結婚の準備をしていたが、親と私たちだけの式だけあって、あとは式の前に1回現地(出雲)にいけばほぼ準備は完了。
これからは仕事の片づけ&引っ越し&新生活準備がピークを迎えます。

その第一弾となるのが家探し☆
やっぱり気になる家具とかあるけれど、家が決まらなければ始まらない。
で、先日彼と大阪の不動産屋さんへ。

本当は1月中にでも決めてしまいたかった。
しかし、1月に物件を決めても、住むのは3月下旬から。
彼が先に住んでもいいのだが、彼が今住んでいるマンションはお母さまも住んでいるため、最悪同時期に3つ部屋を借りていることになってしまう(新居、彼とお母さまのマンション、私のマンション)。
多少はそうなったとしてもできるだけその期間を短くしたいし、2月に入ると物件も増えるし、ということで我慢して2月半ばまで待った。

といっても、いきなり不動産会社にいっても効率が悪いだけ。
1月中に気になる物件はSUUMOで探し、いくつかの不動産会社に問い合わせをしていた。
その中で対応が一番良かった不動産会社に決定し、そこに来店予約。
そこの不動産会社さんは私の希望する条件に見合った物件を私が予約した日の前日まで週に2-3回のペースでいろいろ紹介してくれた。
ほんと丁寧な対応☆
うん、ここならきっと気に入る物件に出会えるだろう。

でも、2月に入るとその紹介してくれた物件のうち私が気に行っていたものが次から次へと奪われてしまった・・・。
手ごろな値段で、良さ気な物件は誰だって欲しいものね~。
ただ、私の中でのナンバーワン候補だけがギリギリまで残っていたので、不動産屋さんに行く日は期待に胸を膨らませていた。

お店に行くと、それまでメールでずっとやりとりをしていた担当の方がきてくれた。
だが、一言目には残念なお知らせが。
「kuma6032さんが希望されていた物件ですが、昨日正式に契約が決まってしまいました」と。
やっぱりか・・・。
2月に入ってからの物件の動きの激しさはメールのやりとりで気づいていたのだが、その物件は私の中ではパーフェクトな物件だっただけにちょっとショックであった。

でも、担当のSさん、頑張ってくれました。
その手には30件もの物件資料が・・・。

私の必須条件は
・私の職場の最寄り駅を通る地下鉄沿線上
・2LDK
・予算が○円以内
・追いだき機能つき

であり、あったらいいな条件がこれ+10ぐらいあった。

正直言うとお金さえ出せば、この条件(あったらいいな条件も合わせて)を満たす物件はいくらでもあった。
しかし、これからどんな生活スタイルになるかもわからないし、いずれはマンションであれ一軒家であれマイホームを考えるかもしれないし、貯金をするためにもここで贅沢しすぎるわけにはいかない。
また私がパーフェクトだといった物件のほかに似たようなパーフェクト物件はあったのだが、これらの家賃が安いのには理由があった。
それは定期借家であること。
マンションの部屋の持ち主が事情により住めない間(転勤とか)人に貸すと言うもので、期間もマンションによってまちまちで、いい物件なのに安いものはその分住める期間も短く、これから二人の生活の基礎をゆっくり作っていこうという私たち新婚には不向きなものであった。

それらのカラクリも判明し、気持ちを切り替え物件探しへ。
とりあえずSさんが持ってきてくれた30件の物件資料をチェック。
私は無情にもこの30件の物件を5分程度で4件までに絞り込んだ。

キッチンがイマイチ・・
収納が少ない・・・
窓が少ない・・・etc

やっぱまずは間取りが気に入らなければね~。

そのあとはSさんが用意してくれた地図で場所を確認。
Sさんは丁寧にも一つ一つの物件がある位置をシールに番号をふって地図にはりつけてくれていたのだ。

で、最終的に4件中2件に絞って内覧に向かった。

1件目は駅から超近いというのが魅力であった。
だって徒歩1分なんだもん♪
そして私がイメージしている大阪の高いマンション。
田舎は土地があるから3階前後だてぐらいのマンションばかり。
都会に住んだら高層マンションと言わないまでも10階だてぐらいのマンションに住みたいな~と思っていたのだ。

2件目の物件の魅力は新築であること。
内覧とはいいながら、まだ建設中。
外見のみの見学となるといわれたが、住環境をチェックすることは大事ですよね~。
ただここは3階建てという田舎でも住めるマンション。
さらに駅から10分ぐらいかかる。

この二つの物件は間取りもほとんど似ていたいので、通常なら新築を選ぶのだが、3階建てと駅からやや遠いということがネックとなって、私はすぐに返事ができなかったのだ。
ということで内覧へ。

まずは駅に近い物件に向かった。
でも、ここに入ってすぐ、私と彼の心の中では決まった。

「ここはないな」

何せ日当たり悪いし、設備は古いし、なんとなくビビッとくるものがなかったのだ。
でも、次の物件がいいかどうかも分からないし、とりあえず何も口にせずに、新築物件に向かった。

もちろん建設中ではあったが、外枠は大体できていたので、イメージはできた。
3階建ての物件はすでに3階はすべて予約が入っていて、2階もあと一部屋を残すのみ。
1階はどうしても嫌だったので、2階の残った部屋の位置を確認。
そこは一番日当たりがいい部屋だった。
周りは高いマンションなどがあるのだが、ちょうどその部屋の位置は立地的にこれからも日当たりは遮られないような場所にあった。
それなのに2階の他の部屋が先に埋まったのはなぜ??
多少の間取りの違いはあるが、部屋の広さはかわらない。
でも、そこが一番家賃が高いということで納得。

さらに周りを見渡すと住宅地の中にあるためか、子供たちが外で遊んでいたり、近くに公園があったり、商店街も近くにあるし、けっこう環境もいい。

ってことで、二人の意見はもちろん一致。

「ここにします。」

実はここ、Sさん一押しの物件であった。
私が不動産屋さんに行く数日前に入った新着物件で、メールからも受け取れるぐらい興奮気味に「kuma6032さんの希望条件を満たすと思うんです!」と教えてくれた。
結果的にはお洒落な高層マンションではなかったけれど、私たちの新生活にはふさわしい良い物件がみつかったなとすごくSさんには感謝☆

不動産屋さんに戻る前にSさん、「物件が今の間に他の人に渡らないように仮押さえします!」といって、物件の大家さんに仮予約もしてくれた。
おおげさな、と思ったけれど、私たちが正式契約した1時間後にはそこの物件、1階も一部屋を残すのみとなっていた。

いや~良かった、良かった。

あとは物件が完成するのを待つのみ。
ただ、私の引っ越し荷物搬入日に入居できるかどうかの瀬戸際で、今はちと焦っております。

間に合ってくれますように!








# by kuma6032 | 2012-02-25 21:33 | 大阪ライフ | Trackback | Comments(6)
願いと決意
先日無事初顔合わせが終わりました~♪

いやぁ、自分では「なんとかなるさ」なんてお気楽なつもりでいたんですが、いざ終わってみると気分も晴れやか、けっこうこの顔合わせが重圧になってたんだと思い知らされました。

本来顔合わせは新婦の地元で行うことが多いらしいが、彼のおばあ様の容態もあまり芳しくないため、大阪で行うことに。
その代わり、彼がかなりいろいろ段取りしてくれた。

場所は北新地の個室料亭。
よく顔合わせなどをやっている料亭らしく、ビルの中にある割にそれを感じさせない老舗の雰囲気を漂わせていた。
18時の予約にあわせ、私は両親とともに料亭へ。
料亭に続くエレベーターの中、さっきまでべらべらしゃべっていた父も黙り込む。
そして一言。
「なんか緊張するな~。」

5分ぐらい前に到着し、部屋に案内されると彼とお母さまが出迎えてくれた。
そして、一通りの挨拶をすませ、着席。
なんだかみんなとってもぎこちない(笑)。

次に、彼が「このたびは結婚のお許しをいただきありがとうございました。これは私からの記念品です。」
と、婚約指輪を出して、みんなにお披露目。
父は目の前に差し出された指輪をどうしていいかわからず、私にあごでもらいなさいと合図する。
もぉ、お父さんがもらって私に渡せばいいのよ!なんて心で思いながら、自分で回収。
そのあとは、私も彼に半返しの時計を渡す。
どちらの品も二人で選びに行ったので、なんだか物々交換の気分・・・。
親同士もお土産交換。

いろいろ考えていた記念品交換もあっさり数分で終了し、そのタイミングでドリンクの注文に仲居さんがやってきた。
料亭であっても「とりあえずビール」を注文。
いろんな銘柄のビールに悩むみんなに仲居さんが「お祝いのお席ですからエビスはいかがでしょう」とアドバイス。
満場一致でエビスとなった。

乾杯は彼が促し、父が挨拶することに。

「まぁ、自立した二人ですし、力をあわせればやっていけるでしょう。かんぱ~い。」

ってな具合に会は始まった。

時々沈黙あったけれど、彼と父の頑張りでそれなりに和やかな会となった。
営業マンの彼はもちろん父も九州人。
お酒もすすみました。
そして、父もほろ酔い気分になると、九州弁丸出しとなり、時々お義母さまの目が点となっているところが私一人のツボとなっていた。

そして、会も半ばを過ぎたころ、なんの流れだったか忘れたが、父が彼のお義母様に言った。

「この子には医者を続けてほしいんです。どんなことがあっても続けさせてあげてください。私の願いはそれだけです。よろしくお願いします。」

酔ってはいたけど、改まった父だった。
多分父は今日、これを伝えにきたのであろう。

私が医学部に受かった時に想像以上に喜んでくれた父を思い出した。
そのあと父の望む科に行かず、大学卒業後も地元に戻らず、しまいには九州から離れた遠い望まない医者じゃない人と結婚する娘。
親に背いてばかりだったな。
忙しい日々に疲れ、結婚したら医者をしばらくやめようかな、なんて軽々しく考えていたが、父の思いをきいて考えを改めた。

これからも精一杯医者であり続けよう。

そう誓った。

会は3時間ほどで終了した。
最後にお店を出るときに仲居さんが「お写真はよろしいですか?」と声をかけてくれた。

しまった!

あれほどゼクシィで「顔合わせの時は記念撮影を忘れずに」という注意書きを読んでいたにもかかわらず見事にカメラを忘れた。
もちろん彼も。
いつもカメラを持ち歩いている父に期待を寄せて視線を送ると「あ、ホテルだ・・・」。

・・・・。

ということで、写真はとらずに終了。

「結婚式でとればいっか~」ってことになりました。

初顔合わせはこんな感じで終了。
とりあえず、ホッとしました☆
# by kuma6032 | 2012-02-13 23:59 | 恋愛&結婚 | Trackback | Comments(8)
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